私を育ててくれたシステムたち その1

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このシリーズはソリットコンサルティング代表吉岡大介が
今までのキャリアで携わってきたシステムたちと、その開発を
通して吉岡大介が成長する様を記した実話に基づくものがたりである
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※期間
  1998年4月~1998年9月

※システム名
  新人研修

※規模
  450名(平成10期の新卒採用人数)

※ポジション
  新入社員

第二次ベビーブームと呼ばれた世代で、小学校は全学年6クラスで1クラス45人制、中学校はA~Mクラスまで13クラスあった。大学受験では受験生の間では「つぶしが利く学部」という言葉が流行し、なぜか経営、経済、商といった学部が敬遠されたが、受験したところはどこも軒並み競争率10倍以上だった。

就職活動時期は初めて「氷河期」という言葉が使われ、バブル時代の派手な話をリクルーターの先輩から聞かされつつ「君たちは大変だ」と同情された時代。社長が泣きながら山一證券の倒産を発表した折りしも、文系でも職人になれると聞いたSEという職業に惹かれ、当時の経済状況からは想像も付かない450人(確か)という大量採用を行った大塚商会に入社。小中高大の16年で同じクラスに2人いたのは1回だけだった吉岡姓が同期に3人もいた。

入社式の説明を聞き、何をどう勘違いしたか午後の開会式から出ればよいと早合点し、ゆっくり寝てゆうゆうと会場に向かい、堂々と名前を告げたところ、あわてふためいた人事部の人がこっそり席に案内してくれた。吉岡で五十音順だと席が後ろの方だったのがせめてもの救いか。突然始まった社歌の斉唱だったが、テープが伸びて音程がガタガタの前奏に始まり、軍歌さながらのメロディーに困惑していると、まわりの同期が朗々と歌い上げるのに衝撃を受けた。どうやら午前中に特訓があったようだ。

2日目の研修初日。思い切り(といっても5分くらい)遅刻。鬼教官風の担当者に新人全員を前に呼び出され「理由は何だ!」と怒鳴られたが、「遅刻は遅刻。理由はない。」と答えてえらい睨まれた。班分けが済んでいて案内されたが、後から同じ班のメンバーが教えてくれたところ、自分たちの班だけ人数が1人少なく、あの鬼教官に盾付いているヤバイ奴がウチの班だったらどうしようとドキドキしていたとのこと。申し訳ないことで(^_^;)

研修は5ヶ月に渡り、ビジネスマナーから電話応対ロープレなどがあり、人を食ったような自信満々な態度から、「営業向きだ!」とかつてのトップセールスマンだった鬼教官から太鼓判を押されるも、営業ができるSEの方がSE知識のある営業よりも有利だと勝手に思い込みにべもなく拒否、SE職を主張し続けたところめでたく認められSEになった。

プログラム言語研修ではVisual Basicという言語を学んだが、自分の打ち込んだ文字の羅列が形を変えて画面となって現れ、データベースに登録され、パソコンから冷たいエラーの文字を返されるのが楽しく、他に選択肢がなくてSEの道を選んだと言ってはばからない女子たちに教えてあげたりして逆に知識を深めていったように思う。当時の講師陣は配属後に分かったが社内でも名物社員として名の通った方々ばかりで新人教育への力の入れようが伺える。

配属が近くなると、もともと商社で営業色が強く、SEも東京のどこのエリアになるかの話題で持ちきりの中、渡された部署名を見たところ地域の名前はなく、本部のSE部隊で、大型案件やらトラブル案件を任されると聞かされ、どう判断してよいやら困惑したのを覚えている。配属された同期は男3人、女2人の5人。配属初日はさすがに遅刻をしなかったが、同期の1人が遅刻をして大目玉を食らっていた。そういう大事なところでは抜け目ないところが昔からあったように思う。

もっぱらの仕事は電話番。部長クラスには変な株式やマンション投資の勧誘がひっきりなしで、無条件に電話を繋ぐといやな顔をされるので、同期の間でブラックリストを作りシェアした。トラブル案件のお客様は、そのブラック会社の営業かと思うような横柄な電話をよこすので、上司が居るのに不在だとシャットアウトしていたら、困るよ!と注意を受けた。

社員の方々は今思えば素晴しい方が多く、面倒見がよくて、ランダムな数字の並び替えはバブルソートという方式が早く、そのプログラミングの方法とか、文字列のバイト数を正確に算出する方法なんかをクイズに見立てて教えてくれる人がいた。また社内サーバーの構築を任せてくれて、ローカルIPとグローバルIPの違いやHDDのRAID構成の違い、DHCP設定の方法などハードにめっぽう強い先輩がいた。また、わざとLANケーブルを抜いて「ネットワークが繋がらなくなった」とウソ付いて不具合の解決方法を教えてくれる部長がいた。はたまたサーバーのドメイン構成からマイクロソフトEXCHANGEに代表されるグループウェアの設定、NOTESを使ったナレッジベース構築のサポート、クーラーがキンキンに効いた身震いするサーバールームで様々なテープバックアップのやり方や復旧作業の手順をまずリストアップして検証してから実行するのだと教えてくれる人など、それぞれの先輩達が自分の得意分野のノウハウを惜しげもなくこの生意気な新人に丁寧に教えてくれた。

綺羅星のような先輩方の元で乾いたスポンジが水を吸うがごとく、SEとしての基礎を身に付ける機会をもらったことは本当に感謝してもし足りない。人事やキャリアプランに積極的な部長・次長クラスの方々が徹底的に新人を教育するという方針が隅々に浸透し、その場の雰囲気を活気あるもにしていたのだと思う。

そんな幸せな日々をすごしているうちに、とうとうプロジェクトに配属される日がやってきた。それはまた、SEとしての心構え、心意気などを先輩の本気の姿を通して知ることができた貴重な経験の始まりなのでもあった。

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