私を育ててくれたシステムたち その6

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このシリーズはソリットコンサルティング代表吉岡大介が
今までのキャリアで携わってきたシステムたちと、その開発を
通して吉岡大介が成長する様を記した実話に基づくものがたりである
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※期間   2000年2月~2001年9月

※システム名  財団法人向け検収管理システム

※規模・構成  SE2名(マネージャ1名、私) WindowsNT Oracle8.1.6 Visual Basic

※ポジション  メインSEとして要件定義から保守、追加案件受注まで

ある日、次長からACCESSで作ってあるグライダーサークルの会員管理システムを手直ししてくれと頼まれた。次長の学生時代のサークルつながりらしい。「ええ?私用に社員つかうなよ~」と思ったが引き受け、お礼に埼玉の飛行場でグライダーに乗せてもらった。動力のない紙飛行機のおっきいやつが、人を乗せてこれほど優雅に空を飛ぶのだと感動し、教官の「風の声を聴くんだよ、色々教えてくれるから」との言葉に心を打たれた。

それからほどなく、先の件の繋がりで某新聞社の航空部長の天下り先である財団法人からシステム化の話が舞い込んだ。何が仕事につながるかわからない、SEというだけでパソコン全般に詳しいはず、と色々頼まれたりするが気持ちよく受けようという教訓となった。

その財団法人は小学生のときに必死で集めたマークを集計、点数計算するところなのだが、銀座の一等地におばさま方だけ20名ほどで全国からくるマークをさばいていると初めて知った。数十年選手の熟練たちが目にもとまらぬ速さでテンキーを連打するスピードに勝つためにUI設計やOCR精度に気を使ったが、ほとんど喋らないとあるおじさん社員が膨大な時間をかけて密かにやっていた、何千枚もの集計シートを県別学校番号別に手動ソートしていたのを推測に推測を重ねて突き止めたときは嬉しかった。送られてきた順にOCRで読み込んでパソコンでソートすれば一瞬で終わるからだ。

広報部長さんはとてもユニークで、普通天下り先では新しいことはやらないものを果敢に改革に乗り出し、カットオーバーまでは「業者と癒着しない」と中立公正の立場を貫いて飲みにいくことはなかったが、のちに飲み会が目的では?と思われる用事で呼び出されることもしばしば。また、スポンサー企業が降りる危機があった時は、マークを商品別に集計すると全国の小学生の母親という明確なターゲット層の購買データとなり価値があるはずと見抜き、DWHツールの発注をしてくれた。

「また吉岡くんと仕事したい」というありがたい言葉は深く心に残っている。伝書バトを本当に使っていた時代があったという話も、医者に行ったときタバコの本数を聞かれ1日2箱は怒られるかとビクビクしていたら「あっそ」と匙を投げられたので悔しくて禁煙した話も。

プロマネの先輩は、コワモテだけど面白く、また深く精密に思慮を重ねるギャップだらけの人だった。この先輩も今思えば必要最低限のアドバイスのみで基本好き勝手にやらせてもらえた。今の自分は当時の先輩の年齢と同じになってしまい、当時の自分くらいのメンバーと仕事をすることもあるが、とても彼のような器の大きい振る舞いができているとは思わない。。。

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